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百貨店情報

百貨店の成り立ちと歴史(国内)



諸説ありますが、日本で最初にできた百貨店(デパートメントストア)は現在の三越と言われています。1904年、のちの三越にあたる株式会社三越呉服店は「デパートメント宣言」という宣言を発表しました。この宣言はもともと江戸時代から呉服店『越後屋』を営んでいた三越が、アメリカのデパートメントストアのようにより多くの種類の商品を取り揃えた百貨店の業態へ変わるというものでした。この動きは新聞広告や雑誌にも多く掲載され、その後の日本の百貨店文化を確立するきっかけとなりました。

日本の呉服店から現在の百貨店への変革

 日本の呉服店から現在の百貨店への変革

日本の百貨店はほとんどが呉服店から始まっています。呉服店の販売方式としては座売りという方法がありました。この座売りとは売り子は呉服店内の畳に座っており、来店客が来ると畳に上げ、要望の商品をひとつひとつ見せていくという販売方法のことです。三越のデパートメント宣言を受け、呉服店の多くでは座売り方式よりも陳列販売が採用されるようになりました。陳列販売とは、来店客が自ら商品を見て目に留まった物を選ぶことができるという販売方法です。こうして呉服店の多くは百貨店へと進化していきました。呉服店から現在の百貨店に変革していく過程で変わっていったものをご紹介します。

ショーウィンドウ
もともと呉服店は蔵になっていました。アメリカのようなデパートメントストアを目指すためには、ショウウィンドウが必要でした。板ガラスは当時日本には存在しなかったため、アメリカから大きな板ガラスを輸入し、壁にはめ込んでショウウィンドウを作りました。このショウウィンドウを最初に導入したのは、かつて東京都中央区に存在した百貨店「白木屋」です。
下足預かりの廃止
呉服店では下足を脱いで上がらなくてはならず、そのたびに店側は下足を預かっていました。百貨店へと変化していく中で、下足のまま店内を自由に見てまわれるようになっていきました。
食堂
店内に食堂を設けることで、来店客が百貨店内に滞在する時間を長くしました。空腹を感じたらすぐに食事を摂れるようにし、空腹を満たすとまた買い物ができるような仕組みを作ったのです。
洋式の大建築
大きな建物であることは、百貨店を百貨店たらしめる条件であり、どの百貨店も建物を今までの呉服屋のサイズよりも大きく洋風に建て直しました。
バーゲン
これまでは実施しなかったバーゲンを行なうようになりました。普段は正価での販売ですが、年に何度か値段を大幅に下げる試みが始まりました。
文化活動
店内で展覧会や美術展、博覧会を開くようになりました。これは、百貨店が文化の発信地であることをイメージづけるためとされています。